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2005年の釣り Archive

おなら

下の話しで申し訳ない。

渓流釣りに山へ行くと、とにかく「おなら」がよく出る。

キャスティングをしながらプッ。
サカナとファイトしながらプゥッ。
サカナをランディングネットに掬いながらプリッ。
滝を高巻きしながらプゥ〜ッ。
林道を歩きながらスゥ〜ッ。

と、まあ、コキたい放題の乱発ぶりなのだ。

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今年の釣り

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しばらく釣りの話しをしていないな。でもアタマの中はすっかりシーズンオフで、書きたいことが思い浮かばない。なので簡単に今年の釣りを振り返ってみようと思う。
今年は、釣りに行こうと思えば雨に降られた。
あるときは、深夜に京都を発し北陸道を走って福井に入ったところからそれはもう猛烈な雨。ワイパーを最速にしても雨が振りほどけない、大粒で密度の濃い、暴力的で破壊的な豪雨に襲われた。 いつも立ち寄る途中のサービスエリアで天ぷらそばを食い、空を見上げること数十分、
「ダメ。今日はヤメ!」 とUターンを余儀なくされる。 夜中に家を出て、家に帰ってきたのは朝7時だった。 何のことはない。単に、物好きが土砂降りの中わざわざ福井のSAまでそばを食いに行ったというだけのことだった。

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ヌーヴォ・ワイン

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今月17日解禁のボージョレ・ヌーヴォが、早くも成田空港に届いたらしい。一般の手元に届くのは解禁日まで待たないといけないけれど、もうそんな季節かあ〜と改めて思う。
去年までは毎年ボージョレのヴィラージュ・ヌーヴォを予約してたのだけど、今年はしていない。そういう年に限って「ブドウの味がしっかりしており、甘みと酸味のバランスが非常に良い。ここ数年では最高の出来」(by輸入業者)なのだそうだ。
でもいいのだよ〜。

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湖のマス釣り

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というわけで釣りに行ってきた。
場所は京都府の中ほど、園部町というところにある紅葉の名勝地「るり渓」の中の「通天湖」という湖。ちょうど紅葉が見頃かなと思っていたのだけど、やっぱり少し遅れているようだ。湖から少し降りたところの木が数本、きれいに紅く染まってはいたが、山全体となるとまだまだ、というところ。今週末か、来週あたりが最盛期になるのではないだろうか。
湖は小規模なダム湖という感じで、数年前から養殖のマスを放流して管理釣場として営業している。ボクはここを訪れるのは今日が初めてだったのだけど、同じような規模の湖の釣りは一時よくやっていたので、それほど違和感なく楽しめた。マスはそこそこのスレ具合で、ちょうどいい感じ。あまりウブなのも釣れすぎて面白くないし、あまりにシビアすぎるのも釣れなさすぎてこれまた面白くない。

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毛鉤巻きと裁縫箱

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最近頭が煮詰まり気味。気分転換に明日釣りに行くことにする。
この時季は渓流が禁漁になっていて釣りができないので、数年ぶりに湖の釣りにでかけようと思う。
で、3ヶ月ぶりに毛鉤巻き(フライタイイングと言う)。湖用の毛鉤(フライ)を巻くのはさらに時間が空いていて、数年ぶり。タイイングの道具箱の底の方から、それ用の素材(マテリアルと言う)を引っ張りだしてくる。
ターキー・マラブー(七面鳥のホワホワの下毛)、フェザント・テイル(雄雉の尻尾)、ヘアーズ・イヤー(野うさぎの耳の毛)、パートリッジ・ネックハックル(うずらの首の羽根)、ターキー・クイル(七面鳥の羽の風切り羽根)などなど・・・。
これらを使って、小魚を模した毛鉤を巻く。

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フライフィッシング

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フライフィッシングという釣りをしている。
なにしろ変てこでマニアックな釣りで、水棲昆虫を食べているイワナやヤマメ、アマゴなどという渓流魚を、水棲昆虫に似せた毛鉤(ほとんどの場合自作)を使って釣る、というものだ。

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冬来たりなば・・・

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この時季になると、京都はやれ紅葉だなんだと、観光客が大勢やってきてかまびすしいことこの上ない。もちろん地元にとって観光は大切な産業だからそれを否定したり嫌悪したりするものではないけれど、俗っぽく人が大勢いる中で本当に景色を堪能できるのかどうかは疑問だ。山や自然の美しさはそんなに人が大勢いてワイワイガヤガヤやってる中で楽しむものではない、という固定観念があるボクにはとても無理だな。
この時季は渓流は禁漁になっていて釣りはできないけれど、人の来ない山の中に入って静かに渓のせせらぎに耳を傾け景色を愛でて季節の移ろいを感じる、これが本当に気持ちいい。遥かな昔から、ヒトはそうして自然と向き合い、つきあってきた。前世紀から今世紀にかけての急激な発展で(本当の意味での「発展」かどうかは大いに疑問だけど)ヒトは自然との距離感をなくしてしまったように思えるが、自然の中に身を置いて移ろう季節を感じるとき、自分の中にあるDNAなり遺伝子なりが起き上がってきて「あ、オレはこの時間を知っている」という強烈なデジャ・ヴュに捕われることがある。普段生活するコンクリートとアスファルトに囲まれた監獄の中では絶対に味わえない感覚だ。
そのとき、水音と風の音とが、ざわあっ、と一気にボクの耳に押し寄せてきて、新鮮な空気、木の葉の匂いなどと一緒になってボクの五感のすみずみにまでに広がっていく。遥かな古からヒトがそうしてきたように、ボクは確かに自然の一部であって、この自然に「生かされている」という感覚を得る。ヒトが本来あるべき姿を、自然が示してくれるような、不思議な感覚。
これを味わうために、またボクは山に向かう。今から山は冬に向かいヒトが近づくのを拒絶するが、来年の春になればまた心地よく迎え入れてくれる。それまですこし遠いが、なんとか頑張って持ちこたえてみよう。

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