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2004年以前の釣り Archive

蜜の味

「よく釣れる渓」というのは、例えて言うなら麻薬のようなものだろう。

あんまり通いつめてはその渓の魚自体にも良い影響を与えないしゆくゆくは自分で自分の首を締めることにもなりかねないにもかかわらず、気がつけばついついそこに向かって一心不乱に深夜の高速道をひた走っていたりする。
自分で探し歩いて見つけた渓ならまだ自分自身に対して一時しのぎの言い訳がきくが、人に教えてもらった渓に自分だけ通うというようなことになると、そこに「あんまり通いつめて荒らしてはいけない」という罪悪感も生じてなお始末が悪い。その昇華作用は人により、「そこしか知らないもんね」と開き直ったり「あの渓の景色と自然が好きなんよね」と韜晦してみたりと様々だが、いずれにしてもなかなかやめようと思ってもやめられないところはやはり麻薬と同じのようである。

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星に願いを

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星が、好きである。

子供の頃から好きで、星の図鑑を飽きもせず眺めては、様々な星座や恒星、星団や星雲の名前を憶えたり、それらを実際に目で見てみたくて、お年玉を貯めて天体望遠鏡を買ったりもした。現在の子供のように1回のお年玉で何万円も稼ぎ出すような時代ではなかったし、そういう恵まれた生活環境でもなかったので、数年越しの念願であった。

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釣りの夢をよく見る。
釣り仲間たちに聞いてみると、やはり同様に見るらしい。
人により頻度は様々だろうが、ではまったく見ない人がいるのかというと、釣り師で釣りの夢を見たことがないという人にはお目にかかったことがない。
釣りのシーズン中とシーズンオフでは、シーズンオフに見ることが圧倒的に多いようで、特に初春から早春にかけて頻度が上がるようである。
夢の中身は様々だ。釣りを始めて夢中で通っていた昔と、家庭を持って釣行もままならない今とでは、見る夢もぜんぜん違うようだ。

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ある年の梅雨のまっただ中、湿度は100%に近いかという体感、不快指数は200%以上のある日。
その日ボクは、バカな上司のご都合主義によるワガママに振り回されて今にも爆発しそうなフラストレーションを溜め込み、ストレスの極限で疲れきっていた。平日が休みの仕事で、休日の前日ではあったがそのときのボクの脳味噌にはその翌日の休みをどうしようかと思案する余裕はまったくなく、ただイライラと仕事の終了を待っているだけだった。もうすぐ終業、時間よ早く進め、と寄り目になって手持ち無沙汰に時間潰しをしていると、ふらりと仕事場に釣り友達が訪れた。

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山の友人たち

渓の山桜
北陸の山に山桜が咲き乱れる頃になると、釣りの虫がウズウズと動き出す。雪代が落ちて、いっせいに虫のハッチが始まる、ベストシーズンの幕開けのサインである。
僕のホームグラウンド、北陸の渓には多くの自然が残されている。ご多分に漏れず開発の魔の手は急速に伸びつつあり通い慣れた名渓のいくつかは潰れてしまったが、それでも未だ手つかずの自然が多く残されている稀少な地域であることは間違いない。その理由のひとつには、地盤が不安定なガレ山が多いことや、 1,000m、2,000m級の高山から一気に海岸線へと駆け下る特有の地形、地勢があることが挙げられるだろう。あるいは修験の霊峰、白山があり、その周辺はさすがのゼネコンも開発に遠慮がちだというウワサも聞いたことがある。いずれにせよ、大いなる自然とそこに暮らす野生動物の営みを、たとえそのほんの一部分にせよ垣間見ることができるというのは、現在の日本においては大変な贅沢であろうと思う。

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渓歩雑感

2002年の春は、まだ4月上旬だというのによく降る雨は「五月雨」と言ってよい風情だった。その後にはまるで梅雨に入ったかのような蒸し暑いイヤな湿気のある日が続いた。
こちら京都市内の近辺ではすでにその時期で大型のヒゲナガも飛び回っていたし、ボクの十数年来のホームグラウンドである北陸の山々も春の雪解けが早く、例年にない猛スピードでの季節の移ろいであった。

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