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アルジャーノンに花束を

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ここ2週間ほどとても忙しくて仕事以外のことはなんにもしていないのだけど、この週末少し時間ができたので久しぶりに本を読んでみた。10数年前に買って読んで、とても気に入ってた小説。
早川版のハードカバーで「アルジャーノンに花束を」。

1960年代にアメリカの作家ダニエル・キイスによって執筆されたこのSF小説は、ボクの大好きな本のうちのひとつである(読んだことあるのだけど詳しくは忘れたとか思い出せないとかいう人はこちらをどうぞ)。

故・開高健の至言に「知恵の悲しみ」というのがある。ものごとを「知る」ことによって、それ以前まで得られていた感動や感心が少しのことでは得られなくなってしまう、その悲しみを表す言葉だ。主人公のチャーリィ・ゴードンが知能を高める手術の後に味わう苦さは、すべてこの言葉に集約されるだろう。

読み手のボクにとっても、子どものころからかなりの量の本を読み少々のものに対してはスレ切ったアマゴのようにシビアに見切ることを常としていて、本を読んで心から感動するということは滅多にないことなのだけれども、チャーリィの精神世界の急激な変遷とその記録として綴られていく一人称の主観による独白を読み進んで、最後となる11月21日付の記録に達したときには落涙を禁じ得ない。特に、先生であり恋人であったアリスの教室に戻るシーンなんか、さらっと描かれてはいるもののその向こうにある実際の場面を想像すると激しく心を動かされる。もちろん、最後の「ついしん」に書かれる有名な言葉にも。

こと読書という行為そのものに関してボクには「知恵の悲しみ」はないのだけど、それでも本当に心が共鳴する本を読めば涙が出ることもある。覚えている中ではこの他に、ネビル・シュートの「渚にて」。イギリス人作家によるSF小説なんだけど、知ってる人は少ないだろうな。グレゴリー・ペック主演で映画化もされたが、原作とは似ても似つかない(いつもお決まりのことだ)ものになっている。小説の方は、核戦争を描いたSFで洋の東西を問わず、すべての原典と言っても過言ではない作品である。

春の夜は、秋ほどではないものの時に長く、そんな夜長の読書も悪くない。


Comments:19

sekisindho 07-04-23 (月) 0:46

107さん、こんばんは。
私も107さんに合わせたように、一週間ブログの方は春休み状態でした。
今回紹介されているSF小説はどれも残念ながら読んだことありません。
SFで読んだものといえば、おなじみの高橋克彦「龍の棺、霊の棺」でしょうか。
文中の『開高健の至言に「知恵の悲しみ」』とありますが、「知恵の悲しみ」は自分なりに理解できるように思います。
ですから「アルジャーノンに花束を」にも興味が持てそうです。

メディック 07-04-23 (月) 17:24

久しぶりに「星の王子さま」引っ張り出して読んでみようかな!

ひぐちあきお 07-04-23 (月) 22:44

「知恵の悲しみ」
開高さんのみならず、知識を吸収しないと発作が起きてしまうような活字中毒者の、まさにそれが病名。ことに本を読み終えてしまったときの禁断症状におびえて、必ず予備の本を持ち歩くような人物であればなおさら。
あはは。まるで「悪魔の辞典」だな。
アルジャーノン・ブラックウッドの(笑)。
そうそう。「アルジャーノン」といえば、大学の頃、チャーリーの変貌を短時間で芸しちゃう“3分間アルジャーノン”ってのが得意でした。でも、本を読んでない人が聞いても何のことやら。今は脳みそが固まって、ちょいとむりかな(笑)。

107 07-04-24 (火) 0:50

△ sekisindho さん
こんばんは。ちょうど休みのタイミングが同じで・・・さすがお父上(笑
ボクは高橋克彦のそれを読んだことがないのです。今度ぜひ読んでみます。
「知恵の悲しみ」はsekisindhoさんのイメージにもぴったりハマります。この作者のダニエル・キイスは、他に「24人のビリー・ミリガン」という実在の多重人格者のお話も書いたりしてます。とても興味深い作家ですので、ご興味があればぜひお読みになってみてください。
△ メディックさん
> 「星の王子さま」
あ、いいですね!そちらの方がもっとミステリアスですけど、いくつか共有するイマジネーションもありそうな感じ。
△ ひぐちあきおさん
> 「悪魔の辞典」アルジャーノン・ブラックウッド
ナイスです!(笑
3分間アルジャーノン面白そうですね(面白いとか言っちゃダメか・・・そういう意味じゃないということで・・・)。
実は今回の記事、起承転結をあれ風に仕立てようかなと思っていたのですが、あまりに小賢しい感じがしたのと、本を読んでない人がそれを読んで耐えるものだろうかという危惧と、なにより、あの文体を真似ると何かと要らぬ誤解や曲解を招く恐れが・・・と。
どうなるものか、やってみたい気もするのですが(^ ^;

piro55 07-04-24 (火) 2:08

こんばんは!
107様もいないから心配しておりました。自分のことを棚の上のそのまた上に押し上げておいてナンですが、なんだか見捨てられたような気分でした…最近ナーバスになっているせいです、きっと。
でも良かった!春休み中だったんですね^^
古本屋でダニエル・キイスの本に出逢い、1冊100円であるだけ全部買ったのがきっかけで好きになり、その中でも「アルジャーノンに花束を」では何度も泣きましたました。
アンバランスな自分に怯え、苦悩している様には、手を差し伸べて抱きしめてあげたい気持ちで読んでいました。主題の意味を知った瞬間も胸がシュワシュワしました。
そう言えば最近本に触れていないです。
引っ張り出して読んでみます!

マロニエのこみち・・・。 07-04-24 (火) 18:05

知恵の悲しみというような高尚なものではないのですが
経験を重ねることは、新鮮な驚きをなくすことでもありますね
若くなりたいとは思いませんけど、若い頃のあの何を見ても新鮮だった感覚が
欲しいなあと思うことは多々あります
アルジャーノンは、本は読んでいないのですが、ユースケ・サンタマリアさんのドラマを見ていました
なかなか好演していたし、良いドラマだったと思います
また、知的な障害があることや、認知症のような病気になることは
傍から見ているほど、当人にとっては不幸せなことではないのでは・・とよく思います
何故ならば、あの方たちの瞳は驚くほど澄んでいて綺麗だからです

107 07-04-24 (火) 22:31

△ piro55 さん
ご心配いただき、有難うございます^^
見捨てるなんて滅相もないですよ!
ちょいとサボって春休みと洒落込んでおりました・・・(^ ^;
アルジャーノン、お読みでしたか。piro55さんはやはりアリス・キニアン先生に感情移入されるのでしょうか。ボクはやっぱりチャーリィに感情移入してしまいますので、アリスのような人がいいです。母性と女性のバランスがとれていて、しかも人間らしくって。
ぜひまた引っ張り出して、お読みください。
何年か経って読むとその間に読み手側の経験値も上がっていますから、また印象が違ってくると思います^^
△ マロニエのこみち・・・。さん
> 経験を重ねることは、新鮮な驚きをなくすことでもあり
その通りだと思います。付け加えさせていただけるなら、一定経験を積んだ上でもなお感動させてくれるものを求める心を持ち続けたいと、かように思うとりますです。
この本がその昔に流行ったときにドラマ化になりましたね。ちょいとだけ見ましたが、なんだかイメージが違う上にストーリーも変えられていて、違和感いっぱいでしたので見るのをヤメました。これを原作の感動と等しくドラマ化するのは不可能だと思います。ドラマになって、主人公が画面に出てきて客観の視点で見せるその瞬間に、それは「アルジャーノンに花束を」ではなくなるような気がして。主人公が一切画面に出てこないでその主人公から見た視線、主観のカメラワークで撮られたものなら少しは食指が動くかな。
知的障害について、チャーリィが到達した境地もまさにそれです。苦労や不幸は往々にして本人ではなく身の回りの人にある。だから彼は一人去ることになるのでしょう。

オードリー 07-04-24 (火) 23:10

107さん こんばんは〜。
謎の紳士さんから、釣師さんの偶然とは言いがたい休日に、寂しい想いをさせられたのは。。。決して私一人ではなかったはず。。(素直に寂しかったぞ!。)
だがしかし。。。画面がかなり大きくなってます? これも、模様替えですか? それとも、私のPCが変ですか?
アルジャーノン。。。読んだ事はありませんが、(読書そのものが乏しい私。。読書する人をただひたすら、尊敬してます)紹介のあらすじを読んでみて。。。すぐその世界にのめり込んでしまう私には^^:…
春の陽気さえ深くされる 釣師さん 元気そうでなにより^^。

オードリー 07-04-24 (火) 23:15

あっ。 もとにもどった。
コメントを書き込んだら元に戻りました。。。
何だったんだろう。。。#$&%???
107さん。 無心でいること。とは どんな風にとらえますか?
漠然とした質問をしてすみません。。。

107 07-04-25 (水) 3:01

△ オードリーさん
いやはや、ご無沙汰してしまいまして本当にすみません(^ ^;
偶然とは言いがたいけれど、偶然にも謎の紳士さんと休みがかちあってしまいまして・・・どういう種類の共鳴なのやら分かりませんが(笑
ご覧の通り、元気にしております。
画面は、模様替えはしてませんよ。オードリーさんはきっとSafariをお使いだと思いますが、ヤツはときどきアルジャーノンと化してレイアウトデータを読み損なったりしますので、それではないかなと思います。再読み込みあるいはページ移動で直りますし、それでもダメな場合はメニューから「キャッシュを空にする」でどうぞ^^
もひとつ。難しい質問をいただきましたね。
無心でいること・・・さあて。生まれてこのかた無心になぞなれたことのないボクには語る資格がないことを、まずご了解いただいた上で・・・
己を「殺す」ことではなくて、己とその周りにある事象をあるがままに受け入れること。彼我の次元を超越し、大いなる自然と地球、あるいは宇宙の真理の下に、すべてを受け入れた己がただそこに空気のごとくあること。最終的には、自由意志を持つ神のごとく、あらゆる場所・物・事象・生き物に遍在しうること。そこから、次に無心を脱したとき、己のなすべきことと居るべき場所が自ずと明らかになると・・・
・・・ありゃりゃ。長くて観念的すぎる上に、宗教じみてきました。ご勘弁^^

futaba 07-04-25 (水) 15:07

開高さんの釣りのエッセイ大好き、彼から「知恵の悲しみ」を聞いたことはないのですが、実に仰りそう〜と、想像はできます。
私には、グリボエードフのほうの「知恵の悲しみ」という舞台に苦〜い思い出が・・どちらかというと無知の幸福に近い私は、107さんやせきさんのような賢い悲しみを持つ男友達の事が理解できず、若い頃は随分悩みました。その時、連れて行って貰ったのがこの舞台でした。
今週は(子供)読書週間、「アルジャーノンに花束」勇気を出して読んでみようかなぁ。

オードリー 07-04-25 (水) 22:04

107さん、いつも突拍子な質問に快くお答えいただき ありがとうございます。
>己を「殺す」ことではなくて、己とその周りにある事象をあるがままに受け入れること。
「よく解りました。」と言うと語弊があるかもしれませんが、言葉を感覚で理解しました。。。と、言った方がいいのかもしれません。
やはり、無心とは107さんの仰るスケールでとらえた方があてはまるのですね。
>己のなすべきことと居るべき場所が自ずと明らかになると・・・
お答えいただいた言葉を1つ1つ解いてみようと思います。
すっきりしました^^。ありがとうございます。
それから、PCのことも教えてくれてありがとうございます。
Safariのヤツのせいだったんですね^^。107さんがマック使い(魔法使い釣師〜 笑)である事にも何故か心強いオードリーです^^:

107 07-04-26 (木) 0:53

△ futaba さん
開高さんのは文字では見たことないです。ビデオになったイギリスへの釣り紀行のワンシーンで、ぶつくさ「知恵の悲しみが・・・」と言っておられました(笑
グリボエードフの戯曲は不勉強にして観たことないのですが、言葉だけは知っております。開高さんもそこから引用されているのだと思います。
青春の日に、そのようなことが・・・
男は、得てしてつまらぬことをグダグダと考えたがるもののようです。結局のところいずれが愚者やら賢者やら、と思いますです^^
この本、とてもいい本です。ぜひお読みください!
△ オードリーさん
いえいえ・・・
オードリーさんからのご質問は修行と心得まして、励ませていただいております(笑
すっきりしていただけました!?ならよかった・・・
ピタ!マックは21世紀!(爆

kajino-koichi 07-04-26 (木) 10:37

開高さんの言葉で「悠々と急げ」は今の僕にとっての座右の銘ですな

noobooboo 07-04-26 (木) 14:21

「悠々と急げ」いい言葉ですよね・・・
父も「悠々と育つように」と私の名前をつけてくれたので、
その言葉を知って、名前にいっそう愛着がわきました。
悠々と〜は心がけているつもりだったのですけど、
急げ!がついていると、ハードルがグンと高くなりますね!

107 07-04-27 (金) 1:22

△ kajino-koichi さん
これも名言ですね。いつも心の中にある言葉です。
△noobooboo さん
お名前に? ということはnooyuuyuuさんだったのですね!(笑
悠々としてなおかつ急げということは、物事の取捨選択をよりシビアにすることでもあるのでしょうか。う〜ん。難しい・・・(^ ^;

読書、むりかい。 07-05-04 (金) 20:20

感情移入ができる小説・・・うるっと泣ける?

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ID: 515
ダニエル・キイス著「アルジャーノンに花束を」 知能指数のひくいチャーリイを科学の力で天才にしようとする。 そして天才になってしまう物語・・・。 これはおもしろかった。そしてちょっと「うるっ」ときた。 以前の記事(また過去の恥かしい記事)にも書いているんだけ.

sekisindho 07-05-06 (日) 23:15

107さん、こんばんは。
「アルジャーノンに花束を」はご推薦だけに大変興味深く読ませていただきました。
少し長めの感想です。
主人公チャーリィ・ゴードンの一人称が報告書の形で展開してゆく様は、その文面が、思考過程の変化と彼の知能の増加を如実に物語り、少し意表を突かれた感じでした。
ところで、読み終わって決して涙すると云うよりも、ハッピー・エンドであったか、の感想を持ちました。
チャーリィ・ゴードンがIQ185を超えてそれ故、人間性や情緒、理性などに極端な分裂症状をおこし、何らかの破滅的な悲劇を引き起こしてしまったというようなストーリーであれば、きっと涙したかも知れません。
この作品はあまりにも多くのテーマを投げ掛けていると思うのですが、一番心に残ったのは、人間の大いなる資質とも云うべき知性が、実は人間の差別化、あるいは格付けにその本質があるのではないかということです。
IQ70の知能障害からIQ185の天才人間へと変化していったゴードンの周りの人たちの変化ではなく、実はゴードン自身の知性を得たことによる変化が一番印象的でした。
自分の習得した外国語を知らず、その言語で書かれた論文を読んでいない学者に対する蔑視、隣の少々いかれたフェイとはセックスできても、愛していると感じているアリスとはできないとか、他者への感情の持ち方、態度を追っていくとゴードンの知性と人間性の反比例的な関係が浮き彫りにされているように感じました。
まさに知性とはエデンの園にあった禁断の実(命の木と善悪の知識の木)であり、禁じられていたのに食べてしまい失楽園を演じたアダムとイヴを思い出させました。
人類のようにそのまま失楽園の悲劇を営々と引きずっているのではなく、アルジャーノンもゴードンも急速にエデンの園に戻っていったのではと思うわけです。
テーマがテーマだけにいろんな思いがあるのですが、一番感じたこと書いてみました。

107 07-05-07 (月) 0:28

△ sekisindho さん
早速にご感想ありがとうございます。
ハッピー・エンドであったか、とのsekisindhoさんらしいご感想に思わずニヤリとさせていただきましたよ。
作者としては、この主題で積極的に何かを明確に語ろうとはしていないように見えます。むしろ、読者の目の前にポンと投げ出されたあまりに多くのテーマ、問題、人間性における真実などを、読者がどのように自分自身で咀嚼し精神的な糧(あるいは教訓とも)とするか、そちらの方に重点が置かれているのではと思います。一人称による展開はそれ自体の面白さもあるでしょうが、その目的はむしろこのことに多く費やされているのではないかと感じるのです。
エデンの園に戻っていった、というご解釈には、大いに感じ入り、同感しました。
ロマンティックですね!(*´∀`)
さてさてしかし・・・この憂き世に生きる俗物の我が身としましては、失楽園の悲劇が本当に「悲劇」であったかどうかを確かめるためにも・・・
さらに禁断の実をもう少し、かじってみましょうかね(笑

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