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バー「PIEDRA」

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その店は、東山丸太町、いわゆる「熊野」の交差点を東に入って、さらに小さなうらぶれた路地を南に少し入り、よく見ないと気づかないような入り口から狭い階段を2階に上がったところにあった。
初めてそこに行ったのは今から10数年前で、店の名は「PIEDRA(ピエドラ)」。現在のボクの年齢ぐらいだが、白くなった頭髪や顎髭からその実際の年齢よりはもっと老けて見えるマスターが独りでやっている、カウンターに5席程度と4人がけのテーブル席が5つほどの、小さなショット・バーである。マスターは若い頃にボクシングをやっていて、大好きなボクサー、ロベルト・デュランのあだ名「石の拳(Mano de Piedra)」から店の名を命名したのだそうだ。

ボクの初めての、自分独りで飲みに行く「行きつけ」と言える店だった。
当時ボクはその店からほど近いところに独り暮らしで住んでいて、夜の9時か10時ごろになると出かけて行って独りで飲んでいた。いつ行っても客は数人しかおらず、しばらく通ってるとたいてい同じ顔ばかり。カウンターで隣り合わせに座ったりすることで徐々に馴染んできて、とても居心地がよくなってくる。たまに行きずりの観光客が迷い込んできたか何かで見知らぬ顔の幾グループかがテーブル席の方に座っていることがあり、そういうときは何かと忙しくなるのだけど、なぜか決まってマスターの機嫌が悪く、客が帰った後はマスターが飲んだくれて大荒れになり、大変なことになったりするのだ。

というか、マスターが素面でいるときに当たる方が珍しかった、と言うべきかもしれない。
客がいないときは一緒にカウンターに座ってダーク・ラムを呷り、好きな音楽〜暑いときにはサルサやサンバ、秋にはボサ・ノヴァ、あるいは静かな夜にはグレン・グールドで、にぎやかな夜には強烈なキューバン・ルンバ〜を、小さな店には不似合いな馬鹿デカいJBLのスピーカで隣近所からクレームがくるほどの大音量で聴きつつ、とりとめもない話をしながら酔っていく。手持ち無沙汰になると、パイプたばこを引っ張りだしてきてボクに吸い方とその美学を教えてくれ、あるいはチェスが大好きでこれもいろいろと教えてくれ、酒の酔いが単調になってくると気分転換に濃いコーヒーをたててくれる。このコーヒーにまた一筋縄ではいかないこだわりがあり、どんなに酔っていても豆をガリガリひくところから顔つきは真剣そのものになり寄り目になって他のことは目に入らなくなる。コーヒーをたてているときに運悪く見知らぬ客が来ようものなら、黙って舌打ちするだけで完全に無視したりする。

またあるときには、マスターが早い時間からバーカウンターに座り込み突っ伏して酔いつぶれてることもあった。そういうときに鉢合わせすると、マスターは顔も上げずに回らぬ舌で「好きなもん自分で勝手に飲んでいけ。金は払いたかったら払え。払いたくなかったら払うな」などと無茶苦茶を言う。そこへ見知らぬ客が来ると、また顔も上げずボクに「おい、ちょっとお前がやっといてくれ」と、ボクが前にバーテンをやっていたのを幸いとばかりに仕事を押し付けてきたりする。普段からよく酒を奢ってもらっていたので、こういうときに体で恩返しすることになるワケだ。

とにかく、独りでバーに飲みにいく面白さ、楽しさ、美学みたいなものを、ボクはこの店で教えてもらった。

ボクは当時、勤めていたデザイン事務所を辞め、次に何をするかを決めかねて無為な日々を送っていた時だった。週に数回、多いときにはほぼ毎日のようにその店に飲みに行き、独りの時間を好きに過ごしていた。

その後ボクは市内から少し遠いところにある会社に就職し、通勤に多くの時間をとられるようになったので徐々に足が遠のいていった。そして数年して結婚するのを機に南の方へ転居することになって、もうその店に行く機会がほとんどなくなってしまった。

しかし今でもときどき思い出す。そしてまた、へべれけに酔っぱらったマスターを相手にいろんなよもやま話をしたいと思うのだ。

 

でもボクのその願いが叶うことはない。
行かなくなってからしばらくして、「PIEDRA」は閉店した、と風の便りに聞いた。


Comments:18

マロニエのこみち・・・。 06-11-13 (月) 1:11

いい時期に、いい出会いがあったのですね
こういうのも、ご縁ですね
少し前まで、いいお店がたくさんありましたね
私もそういう店で、人生やお酒の飲み方の(すみませ〜ん^^;)
授業を受けたものです
でも、いい店に限って、最近特に、閉店の声を聞きます
で、もっと悲しいのは、自分が行かなくなってから、
間もなく無くなってしまったりするのですよね・・・
だから、この状況、ものすごくわかります
私も、同じような経験がありますから・・・
でも、本当に、いいお話でした!
また、あの東山の丸太町という場所がいいです
真如堂あたり、どれだけうろうろしたことか・・・
店は、あのあたりならざっくばらんしか知りませんね
今でも、いいライブがあるので、時々聴きに行きますよ(笑
(片手には、バーボンじゃ〜笑)

sekisindho 06-11-13 (月) 1:16

107さん、こんばんは。
秋が深まると、やはり懐かしい記憶が蘇ってくることがありますね。
しかも、尋常でなかった記憶ほど心の疼きと一緒に時には甘美に思い出されるようです。
といっても私は平々凡々の生活してきたので、107さんのような心にズッシリ響く記憶が少ないのですけど(^^;)
最近自覚症状はないのですけど、どこか具合が悪いのか、ついマジなコメントになってしまうのですよ(笑)

noobooboo 06-11-13 (月) 10:42

107さんおはようございます。^^
一人で外でお酒を飲んだのは、一度きりです。
待ち合わせしていたのですが、待ち人は残業で、その場所に現れなかったのです。
あれはちょっぴりサミシイお酒でしたね。
そのお店も閉店してしまいました。
なんだか懐かしい思い出までなくなってしまったようで、
さみしい気持ちがしたものです。
一人でバーって、ちょっと大人のいい遊びと思いますが、
私もいい大人ですから、そろそろ楽しめますかね?
(片手にはバーボンじゃ〜くらいに思えばいいですか?笑)

107 06-11-13 (月) 11:31

△ マロニエのこみち・・・。さん
いい時期に・・・本当にそう思います。当時は分からなかったですが、後になってからそう強く思うようになりました。だからこそ、また再びあの店でゆっくりと飲みたいと思うのですが・・・
いい店がどんどんなくなっていくのは、とても悲しいことですね。
真如堂あたり?・・・思いっきり、地元ですがな(笑
当時、白川通丸太町上がる「真如堂前」バス停徒歩1分のところに住んでおりました。白川通は庭でしたよ。
このバーの、東山丸太町の裏通りという立地も抜群でした。「隠れ処」的な感じも好みにバッチリ。一階は、そのスジには有名なさるジャズ・バー。知った風な「大人」たちがたむろする店で、数回行きました。ジャズ自体は好きなんですが、その店にはやっぱり馴染めないで、自然と2階に足が向きます。
片手にバーボン? ハードですね〜〜
ひょっとしてボトルのままですか(笑
△ sekisindho さん
秋はもの想いに耽りつつ、過去の記憶が甦る季節でもあるようです。
つうか、釣りにも行けず仕事で缶詰なんで、ネタといえば追憶ぐらいしかない、というのが実情で・・・(笑
いやいや、まっすぐに褒められるのは苦手でして・・・
せっかくsekisindhoさんにお褒めいただいているのに、無礼な返しで申し訳ないです。どこか具合が悪いのは、きっとボクの方ですよ(笑
△ noobooboo さん
おはようございます、こんばんは(←知らない人が見たら意味不明ですね・笑
待ち人来らずのお酒は、ちょっと寂しいですよね・・・しかし、nooboobooさんのような素敵な女性を待ちぼうけにさせるとは、許せません(スリスリ(*´∀`)
思い出のある店がなくなるのはホントに寂しいものです。
nooboobooさんも、一人飲みがもちろんお似合いのお年頃。お楽しみいただけると思いますが、こっちに帰ってこられてからの方がいいでしょうか・・・っていっても、いつのことやら!?
片手にはバーボンじゃ〜は、そりゃあそんな女性が一人でバーで飲んでいたらイカツイですよ。でも、そんなnooboobooさんを一度見てみたい気もします。^^

teardrop 06-11-13 (月) 13:11

大人の世界ですね〜。
若い頃は、少々無茶してもいろんな経験を積んでおくものですね。
私は、自分があまり無茶出来ず、狭い世界で生きてきたので。
何となく、羨ましいです。
人の思い出っ聞くのって、良いですね(^-^)

107 06-11-13 (月) 17:12

△ teardrop さん
有難うございます。
とても残念な、でもいい思い出です。
若い頃は確かに少しばかり無茶をしてましたが、周りの人々に恵まれたというか、助けられ、励まされたお陰で、今のボクがあると思っています。
ただただ、感謝です。

オードリー 06-11-13 (月) 23:07

マティーニですか。私も大好きなカクテルです^^。
短い間でしたが、私にも似た様な思い出があります。バーテンとまではいきませんが…..私の行きつけのお店に2号店が出来た時の事です。地元の人がちょっと何かしら様子をうかがいに来ました。その人は、地元以外の主が経営するこのお店に対して、隙あらば文句の1つでも言ってやろうと思って来たはずなのに、カウンターで隣り合わせになった私との会話が弾み、その後その人は常連さんになったと聞きました^^。
今の生活からはまるで夢物語のような想い出です^^。
その頃に飲んだ「ガルフストリーム」という名前の素敵なブルーのカクテルにもう一度お目にかかりたいと思うオードリーです^^。
しかし、料理上手なパパさんであったり、バーテンまでこなす伊達男だったり….ねぇ〜ファン^^。

107 06-11-13 (月) 23:44

△ オードリーさん
有難うございます。
写真はイメージです(笑
たぶん、マティーニですね。好きなカクテルです。最近はカクテルあんまり飲まないのですが、唯一、これだけは飲みます。それ以外でジンを飲む時はたいていロックにカットライムをぎゅっと絞ってもらいます。
バーの印象は、やっぱりカウンターに座った心地で決まりますよね。
店がいい悪いじゃなくて、自分に合うか合わないか、じゃないでしょうか。
「ガルフストリーム」・・・南国のバーに、ぴったりな・・・^^
> 料理上手な
へへへ・・・子どものころ、ルパン三世になりたかったのですよ(ウッソ♪

7wth2 06-11-14 (火) 12:43

こんにちは。
何かの縁で、そこに寄りたいから。チョッと寄ってみる。
場違いの人は滅多に来ない。来ていて、大きな声を出されると落ち着かない。自分達のアフター5の場所。
流れる音楽も自然だ。そんなバー。
私も現役の早い時期、友人の行きつけのバーに行って以来、四谷の安っぽいバーに通ったことがあります。
本社が移動して、行けなくなりました。
107さんの話をお伺いして、遠い昔を懐かしく思い出しました。

107 06-11-14 (火) 14:05

△ 7wth2 さん
こんにちは〜
バーは、いろんな人との出会いがありますね。
時間が過ぎれば過ぎるほど、イヤな部分は消えて行っていい記憶だけが純化されて残るような気がします。ゆっくりバーでの時間を楽しめる時があることは幸せなことなんでしょうね。
まだまだ、そんな時間を楽しみたいと思っているのですが、最近はなかなか飲みに出れないのが少し残念です。
有難うございます。

cafe_m 06-11-14 (火) 17:30

私も国分町の薄暗い階段を登って、飲みに行った店を思い出しました。
仕事を終えてから、一人暮らしの部屋とは反対方向に足が向いて…
一人だったり、知ってる顔があったり…いい店、いい時間でした。
懐かしいとは思うけど、今もし同じ店があっても同じ時間は過ごせないんだろうなぁ〜なんて思います。
そういう店と出会えて人との出会いがあって、今があるんですよねぇ。
年に何回も行けないですけど、最後はここで一人になりたいという昔からの店があります。
無くなったら寂しいなぁ〜(T_T)

107 06-11-14 (火) 20:41

△ cafe_m さん
薄暗い階段を登って、というのが、落ち着けるいいバーの条件のような気がしますね^^
国分町という立地がどうなのかは不案内なので分かりませんが、ボクのこの店も、河原町や木屋町という京都の繁華街からは離れた立地で、ゆえにそういう繁華街で無作法な飲み方をしてきた礼儀知らずな酔っぱらいが突如やってきて静かな時間を邪魔されるというようなこともほとんどなく、いい時間を過ごすことができました。
そういう店は続けてほしいですよね。
ボクのは残念ながらなくなってしまいましたが、cafe_mさんのそのお店がなくなったりしないよう、微力ながらお祈り申し上げます^^

Solo 06-11-14 (火) 22:19

こんにちは、味のあるバーだったのですね。
自分だけの隠れ家的なお店、ゆっくりできるのでしょうね、残念ながら自分にはそういったところはありません(まあ飲みにいくこと自体ほとんどありませんから)、本当は家族にも話せないような愚痴なんか黙って聞いてくれるような自分の隠れ家、ほしいのです。

107 06-11-14 (火) 23:16

△ Solo さん
あると便利ですよ。というか、やっぱこういうところがあるに越したことはないと思います。お酒飲まない人なら話は別ですが、接待で気を遣いながら飲んだりするより、ずっと精神衛生にも良いと思ってます。
飲みに行かれることがほとんどないんですか・・・
じゃあ、ロードワークしながら、太陽に向って「バカヤロ〜!」とか(笑

piro55 06-11-16 (木) 0:25

こんばんは!
私はお酒がめっぽう弱くてなかなかお酒を楽しむことが出来ません。
むしろお酒に楽しまれておる感じでございます。
でも、お酒を飲むという行為、その時の感覚だけが楽しいのではなく
お酒を取り巻く環境が楽しくて素敵なおもひでぽろぽろになるんですね。
ありがとうございました。

107 06-11-16 (木) 19:09

△ piro55 さん
こんばんは。
お酒、ダメですか。まったくダメなままの人もおられますし、ある日突然飲めるようになったという人もおられます。不思議ですね。
このバーにも、お酒が飲めないのに来てる人とかいましたよ。なんでも、お酒を飲んでる人たちの空気感が好きなのだとか。だから思いっきりシラフなのに、酔っぱらいの話にもついてこれるんですって。世の中、いろんな人がいます。
さっき、この記事を見た当時の飲み友達とも話していたのですが、「今はそんな自由はないなぁ〜」と・・・失くしてしまったもの、代わりに手に入れたもの・・・人生におけるバランスとは何ぞや!?などとガラにもなく考え込んでおります。
有難うございます。

畠山 07-01-21 (日) 23:50

私も彷徨っていた20代後半にピエドラにお世話になりました。
一度くらい会っているかもしれませんね。
あの店で教えてもらった極上の酒、音楽は
宝物みたいなものです。
マスターにはまた店をひらいてほしいと思っているんですが、
大人になった我々が出資して、とか無理かなあ。

107 07-01-22 (月) 1:28

△ 畠山さん
おや!・・・それは、一度くらいはお会いしてると思いますよ。
顔見れば「なんだぁ〜」みたいなことになるかもです(笑
今日みたいな夜には、グールドがかかっていましたかね・・・(しんみり
ホントに、なんとも寂しい限りです。
出資して、というのはいい考えですね。
でもマスター、もう体が動かないんじゃないかと・・・思われませんか?(笑
コメントいただき、とてもうれしゅうございます。
有難うございました。^^

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