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受験の思い出

ここ数日、いつも見ている夜7時のNHKニュースの天気予報のおネエさん、半井小絵さんが「受験生のみなさんくれぐれも雪にご注意を。体にも気をつけて」とコメントを入れておられる。
彼女の密かなファンとして、たまには「自営業のみなさん、体が資本ですからくれぐれもお風邪など召されませんように」などと、あのいつものキメ目線で言って欲しいものだ、と思いつつ、遥か20年も昔のこととなってしまった自らの受験生だったころに思いを馳せてしまう。時間とは無情にも矢の如く過ぎ去ってゆくもののようで、気がつけば「ふた昔」と言える歳月が経ってしまっている。
光陰矢の如し。少年老いやすく学成り難し。恋せよ乙女。もっと光を。
・・・なんのこっちゃ。

それで「センター試験」なのだがボクらの頃は「共通一次試験」と呼んでいて、当時は国公立大学を受験する人のためにあったもので現在のものとは体裁と主旨が少し異なる。国公立大学を受ける人はみなこの「共通一次試験」を受け、その後各大学ごとに実施される「二次試験」というものを受けて合格しなければ希望の大学に入ることは出来なかった。
ボクは国立大学の水産学部か林学部希望で、そのような学部があり、なおかつボクの低い偏差値で入れる可能性のある国立大学となると三重県まで行かなければならなかった。受験本番直前まで数多く行われる模擬試験などの結果によると合格率90%以上といういい数字が出ており、しかも共通一次試験の結果が(自己採点)とても良かったので、二次試験さえ順調であればまず合格間違いなし、という感じだった。
その大学の現地に初めて行って下見したのは、二次試験の2〜3週間前のことだった。三重県の県庁所在地にある国立大学で、医学部と大学病院なども併設されている規模の大きな大学と聞いていたので、人も多く街も華やいでいるのだろうという予想と、生まれて初めて京都から出て地方で一人暮らしの生活をすることになるのかもしれないという期待とが入り交じった高揚感を抱きながら、その街の駅に着いたのだった。
生まれた街から出て生活したことのない青年にとって、他の街を想像するのにどうしても自分の身の回りの感覚との比較で物事を考えてしまいがちになる。たまに大阪という大都会に行くことがあったので京都は小さな街なのだという感覚で考えていて、三重県のその市も事前に「さほど大きくない街」という話しを聞き、勝手に「じゃあ京都と同じか、小さいといっても少し小さいぐらいのものかな」と想像していた。
それが、現地に着き、その市一番という繁華街を通り抜け、大学の敷地に入り、また街に出て受験の時の宿泊先となる民宿に予約に行き、とするうちに、街の全貌が見えてきた。
そこそこの大きさの国道が一本、市の中心部を貫いている。それに並行して大阪と名古屋を結ぶ私鉄の線路が走っている。すぐ脇に太平洋。その国道と線路にへばりつくように、海との隙間、とても狭い範囲に街と家々がある。
それだけ。
本当に、それだけなのである。
にわかには信じられなかったので、下宿先のおばさんに訊いてみる。
「あのう・・・繁華街って、どの辺にあるの?」
「あん?ああ、駅前にあったでしょ」
「じゃあ、遊んだりするところはたくさんある?」
「飲み屋も、この辺じゃ早くに閉まるよ。10時になったら真っ暗よ」
「やっぱり・・・」
「あら、あんたまだ未成年だったわね。おほほほほほ」
「・・・・・・」
がっかりした。心の底からがっかりした。
当時のボクにとって、大学進学の目的は社会へ出て厳しい世界で揉まれるのを少しでも遅らさんがためのモラトリアムにしか過ぎず、あわよくば卒業してからも専門職で食えるようなものを、と考えての選択だったのだが、実際現地に来て見て回り、この狭苦しい街に閉じ込められて4年間も過ごすことになる、ということを考えるととても憂鬱な気分になったのだ。
二次試験までの数週間、試験のことは考えないようにした。その大学に入学することを考えたくなかった、と言った方が正しいかもしれない。二次試験の一週間前まで、髪を紫色にしてバンドをやって遊んでいた。
受験の前日、三重県に向かった。当時流行っていた海外のロックバンドのメンバーが着ているようなロングコートを着て、目が隠れるほど長く伸ばした前髪を気にしつつ、受験会場に向かう。周りを見渡して、同じようなカッコをしているヤツは誰もいなかった。図書館に行ってみる。人はたくさんいるのだけど、誰も声ひとつあげずシーンとして本をパラパラめくったり一心不乱にノートに何か書いていたりする。ボクが入っていくと、みなが一斉にこっちを見た。
翌日始まった二次試験の最初は数学。
ボクが提出した解答用紙は、受験番号と名前以外は白紙だった。
(三重県のその市にお住まいの方、ゴメンナサイ!)


Comments:23

マロニエのこみち・・・。 06-01-21 (土) 8:02

(爆・・・)
107さん 
そんな暴言、吐くくらいなら、もちょっと勉強しなはれ(笑)
そしたら、も少し街のほうにも、行くとこは、なんぼもあるのに・・・
しかし、107さんが、髪を紫とは・・・
ちょっと想像してしまいました(笑)

107 06-01-21 (土) 12:57

△ マロニエのこみち・・・。さん
ホントに、もうちょっと頑張って勉強してれば良かったんですけどねぇ・・・
もしタイムマシンがあったら、そのときまで遡って、世間知らずで怠け者の当時のボクに(今でも本質的には怠け者ですが)一言申したいところです。
> 髪を紫
お恥ずかしい・・・
卒業コンサートというのがあって、それに上がるのに、ね。

ギャンブラー 06-01-21 (土) 15:33

三重県出身の私としては、思わず爆笑してしまいました。確かに、津に比べたら京都は大都会です。今は多少開けたとは思いますが、基本的に何も変わっていないでしょう。伊勢も神宮であまりにも有名ですが、駅前はしょぼいです。何せメイン通りが「銀座通り」ですから(今も変わっていなければ、ですけどね)。
私が学生の頃は、共通一次さえありませんでした。国立大学は一期校と二期校に別れていましたっけ。どっちにしろ、理数系が全滅だった私には縁がありませんでしたが。

ギャンブラー 06-01-21 (土) 15:36

追伸。
私も、半井小絵さんのキメ目線、ゾクッときます(笑)。

JIMO 06-01-21 (土) 15:38

あはは。続きが読みたいですねえ。
自分はオホーツク海近くのド田舎から札幌に受験に行ったので、
もう見るものすべてがまぶしかったです。
自分の洋服が異常にダサイことに気づき、パルコで服を買ったことを思い出しました。
 >共通一次
まったく眼中にありませんでした。ぜんぜん勉強してませんでしたので、3流私立一本です。(笑)

JIMO 06-01-21 (土) 15:40

 >半井小絵さん
チェックしなくては。(笑)

7wth2 06-01-21 (土) 17:08

半井小絵さんは「お年寄りの皆さん気をつけて・・・」も言ってくれません。
107さんは思いの他、不良ぽかったんですね。今「不良」とは言わないのですか、あまり聞きませんね。
私の頃は共通など、ややこしいことありませんでした。後に生まれてても縁なかったと思いますが。
それよりHPを初めて、今日少しだけ拝見して、POST-ITの文字、いきなり目に飛び込んできました。縁者なのです。ゆっくりHP拝見します。
纏まらぬこと言ってしまいました。すみません。失礼します。

107 06-01-21 (土) 18:01

△ ギャンブラーさん
これは!!
・・・申し訳ございません(笑
こんな近くに三重県の方がおいでとはつゆ知らず。
伊勢志摩方面にはときどき出向きますので、その道中に通りがかるたび、
当時のことを懐かしく思いだします。
ここにも半井小絵さんの隠れファンが(笑
ゾクッときますよね。
特に最後の「天気予報でした」の後のほんの少しの間で、
こちらをやや上目遣いに見つつ顎を引き、
唇の右端を「くいっ」とつり上げる仕草と表情、
たまりませんです。(笑 ←ヘンタイ
日によって髪型とか服の感じで随分印象が違って見えるのも新鮮で魅力的です^^
半井さん、ガンバレ〜〜(笑

107 06-01-21 (土) 18:08

△ JIMO さん
続きは、たいしたことないです。(笑
結局一浪して地元の私立大学に入ることになり、しかもてんで畑違いの経営学部。
さらに6年も在籍した挙げ句に中退。
いかにポリシーがなく勉強もしなかったか。
誠にお恥ずかしい限りです。
札幌は大都会ですね。
15年ほど前に北海道をウロウロと釣り歩いてたことがありまして、そのとき街が恋しくなって札幌に幾度か立ち寄りました。
街の灯がやけにまぶしかったのを忘れもしません。
夜7時のNHKニュース、ぜひご覧くださいませ。(笑

107 06-01-21 (土) 18:18

△ 7wth2 さん
POST-ITが縁者??
それは3Mと、ということでしょうか。
それともPOST-IT LIFEのHPの作者が、ということ?
気になります。
リーゼントして剃り込み入れてボンタン履いて、とかいういわゆる分かりやすいヤンキー系の「不良」では、まったくございません。
むしろそういう人種は大嫌いで、どちらかといえば「中途半端な軟派」というところで、読書と音楽をこよなく愛する平和な青年でした(笑

みやび 06-01-23 (月) 21:11

こんばんわ。先日は当方にコメント下さり有難うございました。
うーん。何と言いましょうか、
私が持っていた107さんのイメージが大きく崩れましたw
素敵なカミングアウトです。
「今だから笑って話せる」的なネタは、いくつ有っても良いもんですね。

107 06-01-23 (月) 22:17

△ みやびさん
お越しいただき有難うございます。
記憶の中の少し暗い部分、苦い味のする思い出です。
ボクのイメージ?
どんなんだったのでしょう・・・(笑
まあ実際のところ、こんなヤツでございます。
お気に召していただけましたらどうぞよろしくごひいきに願いますです^^

7wth2 06-01-26 (木) 12:02

>読書と音楽をこよなく愛する平和な青年でしたボクが提出した解答用紙は、受験番号と名前以外は白紙だった

107 06-01-26 (木) 17:20

△ 7wth2 さん
ううっ(涙)徹夜明けでヨレヨレです・・・
親父は怒ってました。
もちろん白紙で出したのは言わなかったですが、
二次試験の直前までバンドやってたのが気に入らなかったようです。
「やることやってから遊べ」
当たり前のことですね。
3Mはそういうワケでしたか。
住友3Mには、これだけでなく他のものでも秀逸なものが多くあり好んで使ってるものがあります。
お世話になっております^^

7wth2 06-01-28 (土) 23:04

こちらこそ、ご愛顧お願いします。
年金のこともあり、会社の業績気にしています。

7wth2 06-03-01 (水) 15:00

更新されませんね。
お仕事のためと理解しております。
時間が出来ましたら、面白いのを書いてください。
待っております。

107 06-03-01 (水) 16:45

△ 7wth2 さん
こんにちは。
実に久しぶりのLOVELOGログインです・・・
コメント有難うございます。
この通り、ちゃんと生きてはおりますが、依然続く超低活性と、仕事がバタバタしているのと・・・なんだかんだ、です。
お気にかけていただいて、ホントに有難うございます。
もう少ししたらこのおバカな脳みそも動き始めると思います。
しばし、お時間を・・・

JIMO 06-03-02 (木) 19:43

お久しぶりのコメントですね。
書けるときに書いて、書けないときには書かない。
これでOKなんです。
ところで渓流始まりましたよ〜!
もう少し暖かくなったら元気に水辺で遊びましょう!

107 06-03-02 (木) 20:49

△ JIMO さん
こんばんは。
みなさまの温かいお心遣い、痛み入ります・・・
渓流、始まりましたね。
つっても、まだしばらく山には行けそうにないですが・・・
もう少し暖かくならないと、腰と膝の弱い軟弱者のボクには厳しいのです・・・
2月になってから重症のギックリ腰が2回も再発してしまいまして、なんとも困ったものです。
渓にくりだす前に、リハビリからまずスタートします(笑

バカボン 06-06-19 (月) 7:05

この4月に合併してわたしの故郷はその津市に合併されました。子どものころはそのしょぼい津がわたしたちの「都会」でした。
6年で自慢してはいけません。わたしは11年で中退です。しかし、答案を白紙で出す勇気はなかった。

107 06-06-19 (月) 11:00

△ バカボンさん
これは恐れ入りました(笑
11年ですか〜。
ボクが大学へ行っていた時代は、8年しか在籍できないと規則で決まっていたと思います。ウチの大学だけかもしれません。
津は今でもときどき通りがかります。
人生においてほんの一瞬、通り過ぎただけの街ですが、それでもとても懐かしい感じがするのは、多感な時だったからでしょうか。

バカボン 06-06-19 (月) 15:22

同じですよ。学部7年、大学院4年。あっと言う間でした。

107 06-06-19 (月) 15:43

院まで行かれてたんですか。
それで中退はすごいですね〜

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