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放浪癖

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友人に、何故か放浪癖のあるのが多い。
今も、音信不通が2人いる。
まあ、音信不通といってもおおよその行き先は分かっているのだが、連絡をつけようと思ってもつけられない。
ボク自身も、放浪が好きだからだろうか。
20代の頃はよくフラッと出かけて、一週間とか一ヶ月とか、テントをかついで山にこもって遊んだりしたものだ(今は諸々の事情で、やりたくってもできない)。
類は友を呼ぶ、で、同じ匂いを嗅ぎ付けてそういう人種が集ってくるのかもしれない。
彼らは、ある日フラッと居なくなって、「あれ〜どうしたんだろう〜」と思っていると、電話がかかってきて「今どこどこやね〜ん。景色きれいで〜。おサカナいっぱいいるで〜」なぁ〜んて少年のように気楽に喋ってくる。それで適当に仕事をしながらあちこちを転々として、飽きたら帰ってくる。帰ってきたら、また連絡をくれるなり家にやってきたりなりする。土産話もたくさん聞かせてくれる。
一般社会良識が、とか、男子たるもの、みたいな概念は彼らにはない。背負っているものも、何もない(あったとしても気にしていない)。もっと違う感覚で生きている。そしてそれを理解してもらえる人としか、話をしない。
ボクは、そういう生活にも憧れはするが、実際にその立場になると、きっとどうしていいか分からなくなる。たぶん、思考回路が硬化し始めているのだろう。
だから、彼らの話をいっぱい聞くことにしている。
せめて、ボクの内に宿る好奇心と冒険心の火を絶えさせないために。


Comments:4

ぽんぽこりん 05-10-22 (土) 12:01

どこかにふらっと行きたい気持ちは多分誰にでもあるのではないでしょうか?
ただそう思っても現実問題として、実際にはそういう行動を起こせない。
だからあこがれる。
心の片隅にある冒険心は、そういう事だと思います。
自分の思うままに好きな事が出来る生活はきっと幸せなんだろうなぁと思うけど、人生のずっと先を眺めてしまうと、不安が先に立ち、そういうわくわくした気持ちを持ち続けるのは難しいですね(^_^;)

107 05-10-22 (土) 17:18

△ ぽんぽこりんさん
コメント有難うございます。
> 人生のずっと先を眺めてしまうと
そうですね。それを見てしまったときから、もう冒険には出れなくなってしまうのではないかと思います。
でも人生をいかに楽しく過ごすかという点において、そういうわくわくする気持ちを持つということはすごく大切なことですよね。

shadow 05-10-30 (日) 13:09

どこかの会社でたまになら1週間程度ふらっと放浪するのを黙認するところがあるって聞いたことがあります。
時にはそういうことも必要なんでしょうね。
自分は人生のずっと先を眺めることでわくわくしてくると思います。
ゴールの存在を認識してそこに何かありそうだと考えることが冒険の始まりですよね。
大きなゴールも小さなゴールもそこら中にあふれているんだと思います。
なかなか認識できないですけどね。

107 05-10-30 (日) 13:53

△ shadow さん
ええ〜〜。そんな会社があるんですか。
いいですね。そんな会社に勤めたかった・・・(笑
わくわくの素は、人により様々なんでしょうね。
身の回りにあるいろんな出来ごとの中から、自分がわくわくできることを見つける目を持つこと、が大切なのでしょう。

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